双極性障害における亜症候性うつ症状の社会的機能に与える影響について -STEP-BDより-
双極性障害は、うつ病エピソードと躁病(軽躁)エピソードを繰り返す疾患です。躁病エピソードの方が、症状も華々しく時として周囲に多大な影響を与えるため、印象にも強く残るし目立つのですが、長期的な経過観察研究の結果、実はうつ病エピソードの方が期間としても長く、社会的機能の障害とはより強く関連している事が分かっています。今回のエントリーは、亜症候性うつ病エピソード、つまりうつ病エピソードの基準を完全には満たさないが、いまだいくらかの症状が残っている状態、が社会的機能に与える影響について、STEP-BDの参加者を対象にして解析した論文です。
この研究もSTEP-BD参加者のデータを横断的に解析したものです。STEP-BD参加者のうちで、前回のエピソードがうつ病エピソードであり、少なくとも2年間経過を追う事ができたクライエントが対象となりました。これらを、回復群(8週間中等度の症状が2つ以上認めない)および亜症候群(中等度の症状が3つ以上存在するが、大うつ病エピソードの基準は満たさない)、大うつ病エピソード群に分け、それぞれの群間でSTEP-BDで調べられた指標について比較がなされました。
結果ですが、1094例が回復群、112例が亜症候群、310例が大うつ病エピソード群でした。そして、亜症候群では、うつ病症状の重症度と、症状のために出勤できなかった日数を除くと、各評価項目に置いて大うつ病エピソード群と近い値を示していました。
また、具体的なMADRSの評価項目と社会的機能障害との関連を調べたところ、悲しみの訴え、感覚の鈍麻、疲労感などで有意な関連性を認めました。
コメント
大うつ病性障害でも、残遺症状の存在は、その後の経過不良のリスク要因であることが分かっており、完全寛解を目指す薬物療法を行う根拠となっています。また、双極性障害における亜症候性残遺症状の存在は、次の気分障害エピソードまでの期間が短い事と強く関連している事が、STEP-BDおよび他の研究でも報告されています。このように、長期的視点からみた亜症候性エピソードのリスクは評価されていましたが、今回ご紹介した論文では、横断的に亜症候性症状が残っている時点での社会的機能に対する影響について報告しています。そして、その結果、亜症候性とは言っても、十分に社会的機能を障害している事が示されました。これらの結果は、亜症候性うつ病エピソードは、双極性障害においても治療のターゲットとすべきであるという事を意味していると思います。
問題は双極性うつ病に対して、いまだ確立された有効な治療法の選択肢が少ないという事でしょう。今のところ、気分安定薬や第二世代抗精神病薬、それらの組み合わせが薬物療法としての有力候補だと思われますが、私の経験では、いずれの薬剤も、双極性うつ病に対しては、直線的な用量効果関係が感じられず、適切な用量設定が難しいため、これらの薬物療法で、いわゆるパーシャル・レスポンス(部分反応)が認められた場合に、次に増量すべきか減量すべきか、はたまたスイッチすべきかを示す具体的なデータが示されていない事だと思います。
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睡眠と気分、社会的機能、QOLの関連について -STEP-BD参加時のデータより-
久しぶりにSTEP-BDに関連した論文がJ Affective DisorderのArticle in Pressに掲載されています。しかも別々のグループから続けて2報です。今回のエントリーでは、睡眠と双極性障害の症状との関連を見たこちらの論文をご紹介します。
双極性障害クライエントでは、睡眠障害は症状の一つであるとともに、次の気分エピソードのリスク要因でもあります。また、ユーザイミックなクライエントの70%に睡眠障害が認められると言われており、いずれにしろ双極性障害には高頻度で合併している病態です。この論文では、STEP-BD参加者2024例を解析し、睡眠障害とそのときの気分状態、社会的機能、QOLとの関連について報告しています。
睡眠の評価は、STEP-BD参加前1週間の睡眠時間を平均し、平均総睡眠時間(TST:average total sleep time)および最大睡眠時間と最小睡眠時間から睡眠時間の変動が算出されました。そして、参加者をTSTで6時間未満のshort sleeper(SS)、6.5-8.5時間のnormal sleeper(NS)、9時間以上のlong sleeper(LS)に分類し、以下の項目について比較がなされました。
- 症状(MADRS, YMRS)
- 社会的機能(GAF, LIFT-RIFT)
- QOL(Q-LES-Q)
結果ですが、SS、NS、LS群に分類された参加者は、それぞれ32%、38%、23%でした。そして、SS群は、気分上昇、早期発症、長期の罹病期間と関連していました。また、SS群、LS群は、強い抑うつ症状、社会的機能の障害、QOLの障害と関連していました。
つまりSS群もLS群もいずれも抑うつ症状の強さ、社会的機能の障害、QOL障害と関連しており、SS群では特に気分上昇とも関連していると言えるかと思います。
コメント
まず、この論文は横断的な調査である事に注意をしてください。short sleeperとかlong sleeperとか言っていますが、あくまでSTEP-BDにエントリーした時点1週間前の平均値のことです。もともと個人個人が持っている、必要な睡眠時間が長いとか短いということをいっているのではありません。そういった意味では、睡眠不足、過多でより気分エピソードの頻度が高く、重症度も高いという事は、当然の結果だと思います。
気分エピソードではクライエントの認知機能が障害されるにもかかわらず、その症状は、とくに軽症の段階では、主観的にとらえられるものが多く、クライエント本人が認識するのに難しい事が多いようです。ところが、ここで取り上げられている睡眠障害は、少なくとも睡眠時間の変化については、認知の影響をあまり受けずに、ある程度客観的に数字として認識する事ができます。双極性障害治療の中長期的な目標の一つに、クライエント自身が自分の状態についてある程度把握できる様になる、という事がありますが、もしここで述べられているように睡眠時間の長短が、双極性障害の状態マーカーになリ得るのであれば、クライエントにとっても非常に分かりやすい指標の一つになるのではないかと思います。そして、自分にあった自分自身の評価方法を少しずつ身につけていく事で、余裕をもって双極性障害とつきあっていく事ができるようになれば良いですね。
双極性障害における自殺企図および既遂に対する薬物療法の影響について -STEP-BDより-
さて、久々のSTEP-BDからの新しい論文です。
双極性障害クライアントでは、自殺リスクが高くなることが分かっており、薬物療法では唯一リチウムが自殺に対する予防効果が認められるとされています。この論文では、STEP-BDでプロスペクティブに観察された自殺関連行動と薬物療法の関連について報告されています。STEP-BDは、1998年9月から2004年11月まで行われた、双極性障害を対象とした大規模長期フォローアップ試験で、最終的に4360症例が参加しました。そのうち自殺関連行動は270件認められ、8件が既遂でのこりの262件が自殺企図でした。これらの行動は182症例の参加者で記録されています。この論文で解析の対象になったのは、白人もしくはコーケシアンで、少なくとも1回は初期評価以外の受診があり、自殺関連行動が認められた日から30日以内の処方情報が得られるクライエントです。その結果、自殺関連行動があったとして解析された症例は106症例となりました。対照群は、年齢、性別、自殺企図歴、双極性障害のタイプ、婚姻状況、発症年齢、精神病症状の既往などについてマッチさせた結果、92症例が抽出されました。さらに、2次的な解析として、自殺関連行動の30日以内の気分状態が加えられました。解析は、条件付ロジスティック回帰分析を用いて行われました。結果ですが、リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリジン、非定型抗精神病薬と自殺企図および既遂との関連は認められませんでした。一方、SSRIの使用と自殺関連行動との関連性(p<.0001)が観察されました。これらの結果は、自殺関連行動前の気分状態を加味しても変わりませんでした。結論としては、STEP-BDの症例からは、リチウムの自殺予防作用は再現できませんでした。一方、SSRIと自殺関連行動の関連が認められたのですが、筆者らは疾患の重症度や治療および自殺傾向など複雑な要因が絡み合った結果なので、慎重に評価すべきであると述べていました。
最近リチウムは、認知機能を改善する効果があり、アルツハイマー病を予防するのではないか等といわれており、古い薬ながら再び注目を集めるようになってきています。ある学会では、有名なミネラルウォーターに結構な量のリチウムが入っていることが示され、会場からはその水を飲んでいたらいいことがあるのか?などと冗談が飛んでいました。で、今回はそのリチウムの自殺予防効果が再確認はできませんでした。一方、SSRIと自殺関連行動については有意な関連が認められています。SSRIと自殺に関する問題は、それだけで大きな課題になっていますので、また別の機会でご紹介したいと思いますが、SSRIがその薬理作用から自殺行動を助長しているのかどうかと考えると、純粋に医学的、生物学的な問題にとどまらず複雑怪奇なバランスの中に入ってしまいますが、単純に双極性障害クライエントで、治療担当医が必要と判断してSSRIもしくは抗うつ薬の投与を開始するような状態は、自殺関連行動に関しては要注意だと解釈しておけば、実際の臨床場面でも有用な情報になるのではないでしょうか?
タグ : STEP-BD 双極性障害 SSRI 自殺 気分安定薬 リチウム バルプロ酸 ラモトリジン 第2世代抗精神病薬
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STEP-BD:全体を通して
実は読んでいる途中で気づいたのですが、STEP-BD自体は2005年で終了しているんですね。たしかに、STEP-BDの体制を維持していくためには、治療担当者のトレーニングやら症状評価の妥当性を検証する方法やらで、莫大な経済的な負担がかかっていたとは思うのですが、もともとぶち上げられていた、「臨床研究のためのフレームワーク」とか「双極性障害を長期的縦断的に観察していく」といううたい文句からすると、なんだか物足りない気さえします。おそらく、この大規模臨床試験は、治療担当者へ啓蒙的な意味もものすごくおおきくって、そういった意味では、一連の研究で十分果たされたのではないかと想像します。(アメリカでの臨床については知りませんので、想像だけです。)
で、でてきたアウトプットについてですが、まず第一に目標として挙げられていた双極性うつ病に対する治療法の確立という視点で見た場合には、
- 双極性うつ病に対する抗うつ薬の使用の是非について、ある程度の結論を得ることができた
- 心理社会的介入の有効性が示された
初期のころの報告で浮き彫りになってきた問題のひとつに、不安障害やADHDの並存の問題がありました。その後、これらに対する介入試験の結果が出てくるのではないかと期待して読み進めていたのですが、結局は出てきませんでしたね。特に、SSRIはこれらの並存不安障害の治療薬でもあるわけで、そうすると双極性うつ病で無くっても気分安定薬+SSRIといった処方の組み合わせになってしまう場合があるはずです。ですから、双極性障害で抗うつ薬を使用するという場合には、当然不安障害の並存という視点からも解析されるべきなのですが、そういった視点からの解析は見当たらなかったように思います。(見逃しかもしれません。)
約4ヶ月という大シリーズになってしまいましたが、その間もいろいろと面白そうな論文が出ていますので、ここしばらくはそちらに移りたいと思います。
今後のシリーズは、いつはじめられるかまだ分かりませんが、TMAPの気分障害関連論文にしようと考えています。


